夏が過ぎ

蝉は鳴きやみ、夏のわた雲は天高くちぎれて
秋冷の候となりました。
大きな台風が夏の思い出を洗い流しました。
山は崩れ、川は氾濫し、草木をなぎ倒し
元の姿がさだかでないほどの惨状です。
人は自然の前では微力で
また、自然の力の大きさを見せつけられました。
今年は自然の力を見せつけられる年です。
それでも、今日は久しぶりの晴天で
朝陽の柔らかさに包まれ、空の青さを見て、
やさしい朝のひと時を肌で感じました。
自然の力の前では、何ともならず、
流れに身を任すしかありませんが、
それまでの自然との共存が脆くも崩れる場面を見ると
何とも人間の弱さを今更ながらに感じるものです。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響あり
沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらはす
驕れる者久しからず ただ春の夜の夢の如し
猛き人もついには滅びぬ ひとへに風の前の塵に同じ。
(ぎおんしょうじゃのかねのこえ しょぎょうむじょうのひびきあり
さらそうじゅのはなのいろ じょうしゃひっすいのことわりをあらわす
おごれるものひさしからず ただはるのよのゆめのごとし
たけきひともついにはほろびぬ ひとえにかぜのまえのちりにおなじ)
(平家物語より)
(訳)釈迦が説法をした天竺の祇園寺の鐘の音には、
この世の全てのものが消滅流転すると言う真理を告げる響きがある。
釈迦が入滅したときにその死を悲しんで、
俄かに白色に変わり、枯れてしまったという沙羅双樹の花の色は、
どれほど栄えたものでも必ず衰える時が来るという、
理をあらわしている。
力を誇っている人も永遠という事はなく、
それは春の短い夜の儚い夢のようなものである。
勇を奮う者も最後には滅びてしまう。
それはただ、
風の前であっけなく吹き飛んでしまう塵の存在と同じである。

放浪の武者、宮本武蔵が若くして武士として、こころの中で越えるべく
『理』はこの「驕れる者久しからず」であった事と思っていますが、
被災された方々におかれても、
この心境に至る事で救われるかもしれません。

それでも、日常苦難からの解脱は何事においても難しいものです。

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by mikun77mukun | 2011-09-07 09:45 | 日記

日々の思いを積み残しながら


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