両親のこと

僕の母は今秋、89歳になる。
健康で医者に行く事もない。
気の合う仲間とカラオケに興じたり
詩吟の会に参加したりしている。

幼少の頃の境遇は悲惨であった。
4歳で父親を、
7歳で母親を亡くし幼くしてひとり身となった。
家族・家庭の温かみを味わうこともない幼少時代。
それが人生の始まりとなった。
親戚からの薦めでどんな人か知らず
戦後すぐに南方の戦地から戻ってきた父と結婚した。
鹿児島の魚村で育った父は船乗りが嫌いで
熊本の剣道場へ住み込み見習となるべく、家出をした。
その後、陸軍に志願し職業軍人として
中国から南方へと10年近く戦火を潜り抜けた。
南方のジャングルでマラリヤに罹りながら
終戦を迎え、やっとの思いで命からがら帰国してきた。
帰国すぐに剣道の指導者として口に糊したものの
剣道の練習中の大怪我が元で
入院している最中の結婚であった。
この父が薩摩男児らしく大酒呑みで、
酔えば手に負えず家族一同に迷惑を掛けた。
給料を酒にかえて呑んでしまうので
無茶苦茶貧乏であったが、
家族の温かみを知らない母は
3人の子を育てた。
貧乏は皆が同じような状態だったからあまり気にならず
返ってその当時が楽しかったと今振り返って言う。
しかしながら、
学校の給食代も払えなかった貧しい生活は
子供にも辛い場面が少なくなかった。

母もその当時、離婚を考えて、雑踏の中を歩いている時
辻に座って運勢を観る人に呼び止められて、
今は辛いだろうが、歳取ってから楽する運勢を持っているから
今は我慢しなさいとの暗示を与えら、
離婚を思い留まったと聞く。
人の人生は夫々があるけれど、他人の一言で
大きく進路を変えられることがあるものだと思った。

父は小さな孫には会えたが、
母は孫全員の結婚式にも出席し、
曾孫まで相手する事が出来る今日の日を迎えられたのは
やはり易者が言った「愉しい事」の一つではないかと思っている。
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by mikun77mukun | 2011-06-27 11:21

日々の思いを積み残しながら


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